藤原北家の公卿宇治殿の生涯の物語だ。
鶴の君は仏法に魅かれて寺院の建立を始め、藤原氏の別院をその父から受け継いだ。今は、堺港の遠洲から資材を入れ、宇治川の水を引き、仏教の末法思想として、池の西に阿弥陀堂、池の東に拝殿を建てて西方浄土に喩えた。**『観無量寿経』**より」「もしも心至りて、西方に生ぜんと欲す者ならば、まずまさに、丈六像の池水の上にあるを観るべし。」。
阿弥陀堂は阿字池に面して建ち、安置されている菩提像は五十と二尊、屋根の上には羽を振っているような金と堂の鳳凰の像があり、後に鳳凰堂と呼ばれる。
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『観無量寿経』 | 仏教浄土教 |